カテゴリー「昔の思い出」の11件の記事

超硬合金。

ふと思い出したんですけど。

超硬合金ってご存知ですか?

読んで字の如く、めちゃくちゃ硬い合金です。

そして、その硬さを物語るエピソードを一つ。

・・・。

ダイヤモンドカッターと呼ばれる、円盤状の工具がありまして。
それは機械に取り付け、凄いスピードで回転させて、切りたい物を当てて切るものです。
大きさはレコードくらいだったような気がします。
ダイヤモンドと名が付いているのはダイヤモンドの粉末が使われているからです。

そして、そこに2つの1cm角くらいの金属棒がありました。
1つは鋼の金属棒。
もう一つは超硬合金の金属棒。

試しに鋼の金属棒をダイヤモンドカッターで切ってみますと・・・。
殆どなんの抵抗も無くすんなり切れてしまいました。

ダイヤモンドカッターの恐ろしいまでの切れ味に驚きながら超硬合金へ・・・。

両手でしっかり持ち激しく回転するダイヤモンドカッターに当てると。

もの凄い火花と衝撃音!

スゲー!全然切れねー!

みるみるダイヤモンドカッターが磨り減っていく・・・!

それに、まるまる1枚使っても半分も切れてない!

結局、超硬合金を切断するのに使ったカッターは2枚半。

因みにダイヤモンドカッターは一枚数万円するので、試したい人はやめて下さい。
(今は結構安くなっているみたいですけどね・・・。)

というか、本気で硬すぎ・・・。

ついでに・・・以前書いたかもしれないネタでした。

悪しからず。

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多分、限界。

結構昔の事ですけど。

私は、あるところで負けず嫌いでした。

それは、熱い風呂に入り続けるという事です。

今から思えば、悪い意味でのヤバイ所業でした。

同じく、負けず嫌いな友人とどちらが長い時間、お湯に浸かっていられるかという勝負をしておりまして。

・・・。

一応、私が勝ったのですけど。

普通、温まりすぎれば茹ダコとか言われて、顔も体も真っ赤になるものですけど。

その時は、赤というものを通り越して、黒っぽくなっておりました。

下手すると、青みがかっていたかもしれません。

とにかく尋常ではありませんでした。

しかも、まだ浴槽に入っているときは、まだ辛うじて余裕がありますけど。

上がってから、脱衣所に出ると。

もう、全く動けません。

ブラックアウト(違う?)とでも申しましょうか、目の前がずっと真っ暗です。

立ち眩みにしては長すぎる感じで。

腕とかもちょっとでも動かすと、僧帽筋に乳酸が溜まりきった感じで、焼け付くように痛いですし、息も絶え絶えながら、脈拍もとんでもなく速いままで。

タオルで体を隠す事も出来ず。
青黒い体でそのまま立ち尽くし。
朦朧としたまま、体の回復を待つしかありませんでした。

そこで、思ったことですけど。

多分、あと、5分でも長く入っていたら、どこかの血管が破裂していたかもしれません。

最悪、脳の血管だったら・・・・・。

わーお!

とりあえず、その後は近くのコンビニに行き、2ℓの飲み物を一気しました。

悪しからず。

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ドライアイス爆弾

つい最近、ドライアイスで、なんたらという事故がありました。

私も昔、ドライアイスで事故を起こしました。

上記の事故とは違い、被害者(?)は私です。

とある、デパートの食品売り場に、ただでもらえるドライアイスがありました。

ものめずらしさに惹かれた私は、それを持って帰って保存する事にしました。

容器に相応しい入れ物が無かったので、ガラスの瓶にドライアイスを入れました。

瓶のフタは、捻って開け閉めするタイプの物です。

フタは鉄製だし、瓶はガラスだしと、変に強度に対して自信がありました。

で、しばらく経つと、中のドライアイスは液体化してまして。

マイナス80度前後の温度ですから、かなり冷たいはずですけど瓶を直接持っても、それほど冷たいとは思わず。

ドライアイスってこういうモノか!
と勝手に楽観的な思想が・・・。
(アホホだね・・・・。)

中の圧力が高くなりすぎると、温度が高くなるのは後で知った訳ですけど。

そして床に座り、自分の近くに置きました。
(確か股の辺りだったような記憶が・・・。)

その状態でマンガを読んでました。
読んでたマンガは「稲中卓球部」です。
(懐かしいよ!)

丁度、手の下に瓶があったような記憶が。

すると、

バンッ!

という爆発音!(だったと思う。)

あまりの音に、どれだけ時間が経ったのか分かりませんでした。

ボーっとして、意識が飛んでました。

気が付くと、血が滴り落ちていて。

右手を打撲しておりました。

ざっくりと、アゴと唇の間に刺さってしまっていたようです。

結構な傷なのに、痛いのは手でした。

血という物は流れると大して痛くないものですね。

仕方なく、一階に行き。

保険証を貰って、外科に行きました。

当然、傷は剥き出しです。

途中、すれ違う人々も私の顔をじっと見ていきます。

外科の病院に着くと、状況説明らしきものもさせられました。

結局、薬を塗っても治るものではないので、縫うハメになりました。

5針です。

次の日、学校に行くと

まるでスターですよ!

でも、絶対にお勧め出来ません。
(当たり前だ!)

私の場合、まだアゴに当たったから大丈夫であったわけで。

角度によっては、喉にダイレクトに入っていたかもしれませんからね。

あと、縫うのはそれほど痛くないのですけど、抜糸はかなり痛いです。

引っ張って切るので、傷が広がるイメージでしょうか。

怪我の発生とか全部ふまえて、抜糸が一番痛いという変な落ちで終わりました。

悪しからず。

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大仏のお母さん

かの”大仏”氏の母親は、物凄く厳しいです。

昔、大仏の家で遊んでいたら、母親が帰ってきました。

帰ってきたのがいけなかったのか、大仏は
「親が来た。」
と、こそっと耳打ちをしました。

でも、母親にも聞こえてしまったようです。
(地獄耳?)

すると、
「親ってどういうことだ!?」
とキレまして。

大仏は、二ヶ月小遣い抜きになりました。

・・・・・・・。

他に、大仏と母親が口論したみたいです。

物凄く傷ついた大仏は、ちょっと仕返ししてやろうと思い。

次の日、母親が絶対に見るであろうと思われる、郵便受けに下手クソな字で悪口を書きました。
(私も字が下手ですけど、それを上回る下手な字です。まだ、鉛筆の芯を折った先っぽを転がしたほうが上手いかも?)

当然、母親は其れを読みまして。

・・・キレました。

母親は、彫刻刀を持ち。本気でぶっ殺す勢いで大仏に襲いかかりました。
(小指側に刃先が来るもち方。)

大仏は必死になって、素手で彫刻刀を受け止めました。

でも、左手の親指の甲側の付け根に刺さり。

それから大仏の左手親指の可動域は狭まりました。
(大仏は護身用で彫刻刀を常備していましたけど、使ったのではなく使われました。)

・・・・・。

というか、これだけの事を嬉々として話すなよ!大仏!
(まだまだありますけど、これくらいにしときます。)

悪しからず。

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護身用って・・・。

友人である大仏は、よくカバンやポケットなどに
「護身用だ!」
と言って、小刀や彫刻刀などを忍ばせておりました。

中学校の頃です。

大仏は容貌が厳ついわりに、臆病ですので敵が変に多かったです。

いつも目立たないようにコソコソ行動していましたけど、巨体ですので余計に目立ってしまい。
好からぬ奴らに目を付けられていました。

で、そこででた小細工が護身用の武器です。

あくまで、護身という大義名分があればいいという考えです。


というか、護身用といっても刃物ですし・・・。


普通に過剰防衛で捕まるでしょう。

結局使われる事はありませんでしたが、大仏の護身用に対する考え方はどんどんエスカレートして行き。

カッターやコンパスは普通にありましたし、更にはどこで見つけた分からない、仕込み形式の万年筆なども入手しておりました。
(持つ側にキャップがついており、外すと刃が出てくる。)

いったい何を考えているのだろうか?

あの男は!

そういう武器は持つと使いたくなるモノです。

ちょっとした実験体にはいつもH氏が選ばれておりました。(笑)


あと、大仏はガスガンが趣味です。

デザートイーグルというデカイ、ハンドガンが大仏の必須アイテムでした。
(ルパンのワルサーP38みたいな。)

最初は普通に売られているガスで遊んでいましたけど、威力への欲求が高まり。

とうとうプロパンガスを注入するという手段を思いついたみたいです。

確かに、ガスガン用のガスよりもプロパンガスの方が安いです。

でも、大仏は限度を知りません。
限界まで注入したようでした。
パンパンになった(と思う)ガスガン。
試したくなったと思います。

で、やっぱりH氏が選ばれて・・・・。

・・・ところどころ撃たれてました。

単にH氏で憂さ晴らしをしているだけにしか思えませんでした。

悪しからず。

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一角突き

昔からの友人である”大仏”の必殺技(語弊アリ。)は一角突き(いっかくづき)です。

通常のパンチの握りから、中指を曲げた状態で少しだけ出した形の拳です。
(中指の第一関節で攻撃する。)

空手の本では、中指一本拳と書かれていました。

禁じ手です。

だれでもそれで殴ると、簡単に肋骨を折ることが出来ます。

絶対にやめてください。

でも大仏は、かなり昔からそれを知っておりました。

多分、小学校に入る前から知っていたかもしれません。

でもその技は、ずっと使われる事はありませんでした。

そう、あの時までは・・・・。

・・・・。

大仏は、巨体と凶悪な顔の割りに、おとなしく、自信が無いので、どのクラスにもいるちょっとした野郎に、いつも文句ばかり言われておりました。

すると、その野郎に絡まれて、小突かれたのです。

前から、何度もそういうことがあったみたいです。

そして、とうとう、大仏の堪忍袋の緒が切れました。

伝家の宝刀、「一角突き」がその野郎に炸裂しました。

あまりのダメージか、野郎の勢いは止まりましたが、大仏は止まりません。

しばらくし続けておりました。

そして、その時は大仏の初勝利の形で終わりました。

大仏は勝利の余韻に浸っていたでしょう。

長かった、その野郎のいびりも、終わりを告げました。

でも。

次の日、同じ技で復讐されました。

・・・・・。

悪しからず。

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大仏宅で

昔、大仏の二つ目の家で遊んでいました。
メンツは私、大仏、そしてH氏。

大仏は、
とあるレアゲーム機を愛用していました。
それは、

ツインファミコン。

かのシャープが発売した、
ファミコンの亜流とでも言いましょうか。
ファミコンとディスクシステムが一緒になった
ゲーム機です。
(でも大仏のツインファミコンのディスクシステムは壊れていて、他の友人から借りたディスクシステムを直に着けていました。)

私たちはゲームをするくらいしかやる事がありません。
ほとんどのゲームは二人プレイです。
だから、二人でやっているうち、残り一人はただ見てるだけという感じでしょうか。

しばらく遊んでいると、
ゲームをプレイしてる人間がハッキリ分かってきます。
明らかにH氏のゲーム時間は短いです。

ほとんど無いといっても過言ではないでしょう。

流石のH氏もこれには不満そうです。

確かにゲームするために来てるのに出来ないのは腑に落ちません。

私はそれを察しました。

だから提案しました。
三人同時に出来るゲームをやろうと。

そこで候補に挙がったのが、
燃えろツインビーです。

結局、他に三人同時に出来るゲームが無かったので
これに決まりました。

この家で、ゲームをやるのに一番重要なことがあります。
それは
コントローラーの配分です。

大仏のコントローラー操作には癖があり、
いつも必要以上に力を入れて十字キーやボタンを押します。
しかも、大仏の手は異様に大きく、指の力も強いため凄いことになってます。

特に酷使された、1Pコントローラーは余りにも硬く
正に死刑宣告という感じです。

コントローラーは
順当に大仏が、別売りの拡張コントローラー(連射器)
私が、ほとんど使われてない2Pコントローラー、
H氏はヤッパリ、1Pコントローラーでした。

流石に大仏とよく遊んでいるH氏、
この魔の1Pの事が分かっていて、
文句が絶えません。

そこで、私と大仏が一緒になって、
「一番偉いやつが1P使えるんだ!」
と言い、さらに、
「いいなぁ、本当に、いいなぁ。」
と言い続けると、

H氏は、
まんざらでもない表情を浮かべて
納得しました。

そしてゲームが始まりました。

敵は1Pに弾を撃ってきました。

H氏は弾を避けるために
全力で十字キー下を押しました。

H氏の声は意外と声帯をスマートに通る感じの声で、
決してガラガラ声ではありません。

でもそのときは、まるで地響きのような重く揺さぶる声で
「ゴゴオオオォォォォーーーーッッ!」
と言っていたと思います。

でもちょっと下に動いただけで止まり、
結局弾に当たって、滅しました。

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最強の毒水

何気に志村けんのバカ殿を観てたら、
毒見をするコーナーをやってた。

それは、適当に混ぜた食材等をミキサーにかけて、液体状にし、
それでソーメンを食べるというものだった。

それを見て昔、そういう遊びをしていたなーと思い出しました。

それは、食材とかそういう許されるものではなく、
小さなビンにあらゆる害虫(見た目が嫌なもの)、
汁が不味い植物、用途不明の液体などを混ぜて
ぐちゃぐちゃにシェイクして、何日も時間をかけて腐らせたものでした。

入れた害虫は、ミミズ、クモ、ナメクジ、ダンゴムシなど、
主に湿ったところによく生息する虫。

植物はタンポポなど汁がとんでもなく不味いもの。

液体は、よく分かりませんが、絶対に飲んではいけないもの(?)です。

それらを混ぜて、棒かなんかでよく撹拌して滅茶苦茶(?)にしました。

それを友人の庭に放置して、数日後にまた見に来るというものでした。

流石に、それを作ってからどうするナンテ全く考えてませんでした。
(因みにこの記事も・・・・)

悪しからず!

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私の苦手なもの

私は蚯蚓(ミミズ)がものすごく苦手です。
あの、ピンクともともつかぬ色をした、細長い縞模様の体。
今、少し想像しただけで鳥肌が立ちました。
どういう訳か分かりませんけど、とにかく駄目なんです。
ミミズが。
昔は全然大丈夫だったのに、
当時、少しばかり虫などに厳しかった私は、
見つけてはほぼ確実に虫を駆除していました。
蝿や蚊なども積極的に駆除していました。

ミミズに至っても大体同じで、見つけては、
此れ見よがしと積極的に駆除していました。

と言うのも、近所にいつも日陰で、暗く湿っぽい場所があって、
そこの少し大きめの石を退かせば、もうこれでもか!というくらい、
石に張り付いたダンゴ虫やナメクジがいるわけです。
そして、石を退かした地面に、ピンクの筋が数本あるわけです。
それが全部ミミズです。

また寒気がしました。夢に出そうです。

ミミズにも色々いて、細くてかなり小さいのや、当時の私の
小指くらいの太さで、異常に長いのがいました。

処理は、ただ単にコンクリートや石などの硬い物の
上にミミズを置いて、角ばった石でミミズの体を、叩き切るだけです。

私だけではなく幼馴染や他の友人等と一緒にやっていました。
昔の流行だったのかもしれません。
昔の記憶なのでかなり信憑性にかけますが、
ミミズを駆除した数を自慢し合っていたような気がします。

凄まじいです。

しかし、あまりにも駆除しすぎたためでしょうか、
急に、本当に急激に、ミミズが駄目になりました。
(呪いか?)

その昔、火花が出る歯車だらけの銃に、
ミミズをぶち込んで、ミンチにしていたのが原因だったのか、
それとも、体を五等分くらいにされても、まだ激しく蠢くミミズが
脳裏に焼きついているお陰なのか、私には分かりません。

苦手になってから、よくミミズが夢に出るようになりました。
ミミズが出る一番古い夢は、ミミズが風船になって、それを
皆で膨らますと言う感じだったと思う。
小学校二、三年の頃に見た夢です。
風船型のミミズがとにかく沢山、地面に落ちてて、
それぞれ、一個ずつ蠢いているんです。
色も、定番はピンクであるはずが、何故か緑や黄色なども
あり、余計に気持ち悪かったです。

この間も、ミミズが出る夢を見ました。
そのミミズは、頭がドリル(金属製の)で、動きがとんでもなく
速いミミズでした。しかも数も半端じゃない、
自転車に乗って友達の家に行くという内容の夢でしたが、
道路と言う道路に、かなりの割合で居ました。
しかも、自転車と併走していました。ミミズが。

うひょッ、また寒気がしました。

酷い内容ですが、
ミミズネタなので、これ以上書くのは危険です。(私が)
半端ですが終わらせていただきます。
悪しからず。

因みに、苦手になってからミミズは駆除してませんよ。

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友達の昔の家

私の友人に一寸変わった人がいます。(前のローマ字できない鼻毛男とは別)
彼は体が大きく、丸刈りで、物凄く恰幅が良かった為、
皆から、大仏と呼ばれていました。

彼の家は昔、小学校にかなり近く(歩いても1分位)当時遅刻魔の私としては、
羨ましいものでした。

しかし、彼の家のメリットは、近いということだけでした。
その家は、真っ黒いブリキで形作られており、
平屋で、見るからに狭く、おぞましい家でした。
(祖父の手作りと言う説もありました)

当時彼は、猫を飼っていました、ちゃという名前の雑種でした。
一番かわいがっていたのは、彼の祖母だったのですが、
なつかれていたのは、彼でした。
理由は、彼の部屋にあったコタツだったと思います。
そのおかげか、たまに彼の部屋に猫のゲロがありました。

彼は、ファミコン全盛期のころ、最もソフトを持っていた人間の一人でした。
そのころ彼を見る目は、まさに羨望の眼差しで、ある種の憧れ的なものすらありました。
(私が、異常なほどのゲーム好きだったことが原因)

初めてお邪魔すると、部屋には、明らかに年上の人が何人もいました。
彼らも、ゲームが好きだったのでしょう。

そういう、なかなかに思い出深い真っ黒い奇妙な家も、お別れのときが近づいてきます。
台風19号でした。
当時、最大のこの台風の影響で彼の家の屋根が吹っ飛んでしまい、
しばらくの間、屋根の代わりにビニールシートを被せていました。
 
しかし、それも限界で、彼はその家との別れを決意しました。
しばらくして、彼の第二の家が決まりました。
白いアパートです。
そして、真っ黒い家は、取り壊されました。

半年位して、何気なくその家があったところに行くと、
見たことも無い植物が雄々しく生えていました。

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